平成21年5月から裁判員制度が始まっています。昨日、裁判員裁判において初めての無罪判決が言い渡されました。いわゆる目撃証拠等の直接証拠がなく、検 察官が状況証拠を積み上げて立証し、その上で裁判員がどのような判断をするかが問われた事件でした。ここでは、判決内容の当否には触れませんが、新聞や ニュースなどで、「疑わしきは被告人の利益に」あるいは「疑わしきは罰せず」という刑事訴訟法の原則を目にし、耳にした方もいらっしゃるかと思います。 「耳寄り」では、この「疑わしきは被告人の利益に」を少しご説明しようかと思います。
「疑わしきは被告人の利益 に」の原則は、刑事裁判において、“犯罪事実については、原則として検察官が立証しなければならない責任がある”、ということを示します。まず、この“立 証しなければならない責任”というのは、「立証責任」あるいは「挙証責任」と呼ばれます。日本の刑事訴訟では、原則として起訴をする権限は、検察官に与え られています。検察官は、十分な証拠を集め、犯罪を犯したと疑われる被疑者の処罰を求めて、起訴をするのです。裁判の手続きの中で、証拠が提出され、それ に基づいて、裁判員が判断していくのですが、どうしても、提出された証拠では、有罪か無罪か判断できない場合が生じます。この「判断できない」という不利 益をどちらが負うかの問題が「立証責任」であり、刑事裁判では、この立証責任を検察官が負うのです。
ここで、注意をしていただきたいのは、“どちらかわからないというグレーの領域があるのかないのか”、という点です。この原則の下では、「グレーの領域は ない」というのがその答えです。検察官が”犯罪事実の存在を合理的な疑いを容れない程度までに立証”しなければ、被告人は無罪とされるのです。いわゆる 「黒である」か、「黒でない」かが判断されるのです。黒でなければ無罪とされるのです。刑事裁判では、この合理的な疑いを容れられるかどうか、すなわち、 この裁判で検察官が提出した証拠では”このようにも考えられるのではないか”、という疑いがある場合には、検察官が犯罪事実の立証に成功しているとはいえ ないのです。判例では、”通常人なら誰でも疑いを差し挟まない程度の真実らしいとの確信が求められる”、とされていますが、裁判員裁判では、まさに、こ の”通常人の疑い”について、裁判員の生活の中でのこれまでの経験・判断が求められるのです。